2002.8.31 【ペレと平山郁夫】

あるサッカー雑誌を見ていて,マラドーナがインタビューでペレのことについて言っていた。中でも印象深かったのは「ペレは政治家だ」という部分。彼とマラドーナとはかなり確執があって,他にも批判するようなところもあったが,特にその部分が気になった。
確かにペレに関しては疑問があって,僕の世代にだって現役時代をよく知らないのに,なぜか彼の(商品)価値はいつの時代になっても薄れない。確かにその人はまぎれもなく伝説的ヒーローのだけれど,それが過去のものであるにも関わらず,いまだにコマーシャルに登場し,まったく世代の違う小さな子供に「あっ,ペレだ」と言わせしめるのは一体なぜか。
それはとうの昔に引退したサッカー選手としてではなく,既に神格化された「顔」を巧みに利用した,政治家的意図としてかんぐらざるをえない。

一方平山郁夫という日本画家がいるが,芸大学長を努めたむしろ本物の政治家に近いこの日本芸術界の御大が,日本橋三越あたりで個展をやるたびに,それはご立派という「見識」をご披露する。しかしそれに画家や芸術家が本来持つ「革新性」とは別のところで,このペレのような政治家的思惑として胡散臭さを感じてしまうのは僕だけか。


2002.8.21 【ジャジャジャジャ〜ン】

「ジャジャジャジャ〜ン!」
という出だしでなくとも,ベートーベンの楽曲はそのようなものが多い。
最初にそのようなインパクトから持ってくるのがこの人の特徴で,僕の友人の弦楽四重奏団のコンサートで,まったく知らない曲なのに,すぐにベートーベンの曲だとわからせてくれたのも,原因はこれによく似た「つかみ」であることを,僕は大笑いながら理解した。

「呼ばれて・飛び出て・ジャジャジャジャ〜ン」
これもスゴイ。
呼ばれて・飛び出るところまではいいが,「ジャジャジャジャ〜ン」である。
自分の登場場面に,演出効果として,ジャジャジャジャ〜ンを自らサンプリングした擬音である。
でもこのフレーズ,深く考えるよりも,この時代わりとポピュラーだったかもしれない。
(それはおそらくメディア創生期の,故山本直純氏(2002年6月没)の影響力が強い)

「ジャ〜ン! はいこれプレゼントっ!」
さて,この「ジャーン」は,一体何だろう。
おそらくこれはテレビの伝統的なジングル(?)からなのだろうか。
昔であれば「ダン池田とニューブリー ド」あたりの生バンドがやってたあたり。
「ジャジャジャジャ〜ン」のストリングスより,ブラスが強い。

「ガ〜ン!」
これは明らかにピアノ曲だ。
昔社会の先生が,そう言いながら自分でこけるシーンを連発していたが,あまり評判はよくなかった。
既にその頃,死語だと思っていた。が,だとするといまだに使われているというのは,かなり息の長い死語であって,息が長いということは,まだ生きてるということ?

やはりクラシックは普遍的。

 

2002.8.17 【病院手記より】

汚物を処理することは看護婦にとって慣れていることだろうが,冷静な患者にとって自分の糞を他人,それも若い女性に見られることは,陰部を見られる次の次くらいに恥ずかしい。
僕は肺の病気で,結核の疑いから,しばらくの間個室に隔離されていた(後に結核でないと判明するが)。
隔離されていれば当然外には出れないために,小便は溲瓶,大便は大人用のオマルにすることになる。よって排便した後はいつもナースコールで呼ばなくてはならない。
「ピンポーン」
「はい,どうしました」
「トイレしました」
「はあ〜い」
といつもまるで居酒屋で「よろこんで!」と言わんばっかりに,にこやかに持っていく。
内心「くっせい糞しやがるなコイツ!」と思っていても,何くわぬ顔して素早く処理してくれる。
もっとも,患者に妙な羞恥心を抱かせてはいけないところは,看護婦が十分教育されるところであろうが。
まあ糞くらいで恥ずかしがってる年でもないが,他の病室にいるじいさんのようにまったく羞恥心が失われた人間には,あまり早くはなりたくない。

それよりも恥ずかしいと思うことは,むしろ入院したばかりの時の「うろたえ」である。
僕の数日に及ぶ高熱は,精神的にも不安定にし,「自分はもう死ぬかもしれない」とうろたえさせた。
それはある意味無様で,もっとも人に見せたくない姿。やはり看護婦は精神的な部分でも,最も人間性の衣の薄いところを目撃する。
治りはじめてからは,その場面にいた看護婦,自分の人間的恥部を知っている彼女たちには,当然羞恥心の温度が高まるのを感じていく。そして汚点を捕まれているその妙な心の回路から,いつのまにか僕は何か恋心に近い鼓動を感じ始めているのだ。

 

2002.8.14 【退 院】

昨日無事退院しました。
入院中にはたくさんの励ましのメールを頂き,ありがとうございました。
ここでお礼申し上げます。

 

2002.8.2 【入院中】

現在入院中(7/19〜)

入院中アドレス→mail

 

2002.6.28 【W杯--にわかサッカーファン】

この言葉がどれほど,色々な会話や掲示板上で使われていることだろう。

「にわか」とつけてしまう理由は,日頃サッカー観てないのに,今だけ知ったようになり,前から詳しい人に対して少し後ろめたさがあるから,謙虚にそういうふうにいう

でも僕が思うのは,サッカーは「にわか」で観るのが正常であり,関係者以外で,しょっちゅうやってるヘボなJリーグに「 45分間×2」の時間を費やせるのは,よほどの暇な者か,あるいはジョン・ケージの「無音」の音楽を真剣に数時間に渡って聴くような,よほど精神性の高い「悟った方」のどちらかだと思う。

その両者とも僕は尊敬しないが,でも現代生活にはこの「 にわか」であることが,一番合理的であるような気がする。

それも4年に一度くらいなら,会社さぼったり,寝不足だったりしても許されるところもあって,「にわか」という加減が,社会生活を大きくは狂わせなような限度もつくっている。

日本サッカー選手たちは,目に見えて国際基準のサッカースタイルを築いて,成長もめざましかったが,観る側の方も,そのような「観る手法」として「にわか」スタイルを築かれたのではないだろうか。

でもベッカムってなんであんなヒーローなんだろう。
やっかむ訳でないが,なんであんなツボに入ったような「ヒーロー」って存在するんだろう。

「ピカソ」もそうなんだけど,「ヒーロー」の構造って不思議。


2002.6.7 桂さん

「桂さん」といえば,桂三枝も桂小金治もいるが,美術界では「舟越 桂」さんのことを言う。
今回の僕の個展で桂さんと,「最近の現代作家はイメージだけの表現が多く,物体とのやりとりが見えるものが少ない。」という話しをした。
確かに現代美術は簡単すぎる表現が多い。
「ぴやっ」とやって「ぴやっ」と終わる作品がほとんどだ。
他の公募展絵画の,思想性と必然性のない,無意味なマチエールもかなり問題だが,現代美術も何か「やりとり」がないとつまらない。
その意味で僕の絵の本意であるところの-マテリアルのこねまわし方,「やりとり」に,桂さんも共通のものがあると言ってくれた。

最近彼はイタリアに行ったらしく,たまたまローマでの「マグリット展」で,イメージが先行されがちなマグリットの絵に,実はよく見ると,とても美しい絵の具の「やりとり」があって,それにものすごく感動したという。たしかにイメージだけと思いがちのマグリットの絵に,そんなところがあったとは‥‥。
桂さんの彫刻もそんなイメージ先行で,とてもロマンなものだけに集中されるが,彼の彫刻の「刻み方」には確かにそんなこだわりの「やりとり」があって,そこが実は本意であるような気がする。

そういうわけで,初日であることもあり,僕の「イメージの逃げる間の,絵画の問題性」について,最初に気付いてくれたのが彼であった。
おまけにセッティングする際の,「外し忘れたマスキングテープ」,およびキャンバスからでてる「いらない糸」も,めざとく教えてくれた。

 

2002.5.24 <告知>個展のお知らせ

6月3日〜8日
銀座なびす画廊にて個展があります。
案内状希望の方はメールにて住所をお知らせ下さい。
サイン付でお送りします。

ということで今日のテーマ;じたばたしてはいけない

シブがき隊ではないが,じたばたしてはいけない。
個展前になるとどうも心も体もかなり負担がかかる。
じたばたしそうになる。
しかしじたばたしてはいけない。
じたばたするのは,少年のやることだ。いや少年隊のことではない。

学生のころよくじたばたしていた。
でもある年齢になったら,じたばたすることは信用に関わる。
その「信用」は作品のクオリティに深く関わってくる。
何の世界でも「信用」は大事だ。
信用されないと金も貸してくれない。
だからじたばたしてはいけない。ぜったいに‥‥。

 

2002.5.13 登録を抹消

言葉の話題が続くが,よくプロ野球放送で,

現在 清原選手は怪我により登録を抹消されています。

などとインフォメーションされる。
でも考えたら「登録を抹消」って言葉,大袈裟じゃない?
「登録から外れている」とか「メンバーの名前には入ってない」とか言えばいいのに,
ここぞとばかり,抹消という言葉を使う。
何だか恨みがこもっていると思うのは僕だけだろうか。

「あいつを殺してやる!」というよりも
「あいつはこの世の中から抹消する」
という方が,とても残酷なような気がするし,
「つぶやきシローって消えたよね」
というよりも,
「つぶやきシローは,現在視聴者の芸能人の記憶から抹消されている」
といった方が冷静できつい。

では,デッサンやドローイングする場合はどうだろうか。
1本の線を「消す」場合でも,
「 この1本の線を抹消する!」
というと,
自分の描いた線を,ただ一つの鉛筆の跡も残さず,半調子なんて甘っちょろいものは言語道断,すべて一切をその平面上から冷酷に消えうせさせてまう状態。
まるで「ゴルゴ13」のようだ。

 

2002.5.10 独断と偏見

「独断と偏見」という常套句を中学時代よく使う者がいた。
多分【自分のわがままで】という意味の代わりに使うのだろう。
「独断」と「偏見」がワンセットになっているところがミソだ。

「僕の独断と偏見で言わせてもらえれば,この部室のゴミは,やっぱりマネージャーが拾うべきだよ」

なんて使ったりする。
ひょっとして音楽評論家の渋谷陽一の影響かもしれない。この時代,確かにこの人は多用していた。
どうあれ中学生程度の者にとっては,ちょっとしたインテリジェンスなお言葉であった。

考えてみると僕の時代は偏差値と言う言葉をあまり使う時代ではなかったが,それでもやたらと学校のレベルを気にするものがよくこの言葉を使った。
確かにその者たちは,程々の進学校へ行った。前の首相の出た高校レベル程度に。

で,その後はどうだろうか。たいそうなエリートになっただろうか‥‥。

正直言って,僕の知る限りでは,あまりパッとした者はいない。何がパッとすることかよく分からないが,あんまり目立って成功している者はいない。いや「成功」というのも,よく分からないが,むしろ誰でも判別できる範囲で「こけて」たりする者の方が目立つ。
むしろその言葉を使わなかった者の方が「出世」しているように思う。
まあその「出世」というのもまた微妙だけれど‥‥。

いずれにせよ,この「独断と偏見」,使わない方が無難だと思う。なんとなく‥‥。

 

2002.4.21 作家とコレクターは都会の空で一致する

前回「ゴンドラ」について少し書いたが,もう少しその話を続けよう。

断っておくが,僕の言っている【ゴンドラ】とは,よく結婚式場にある,新郎新婦が,ドライアイスの煙の中降りてくるゴンドラや,ベネチアで「サンタルチア」を歌いながら漕ぐあのゴンドラのことではない。
いわゆるビル建築で,PC版の処理やコーキング,あるいはメンテナンスを行う仮設又は常設の「作業用ゴンドラ」のことだ。

当然危険作業の為,それを動かすには“免許”を取らなくてはいけない。勿論僕はそれは持っているが,その意味で有資格者だが,履歴書にはそんな免許は格好悪いので書いてはいない。

ところでこのゴンドラ,ただ乗っているだけならそれほどでもないが,やはり作業する時は怖い。特に電動工具を使っている時はかなり注意を払わなくてはならない。雨が混じれば感電にも注意しなくてはならないし,それに危険薬品(塩酸・過酸化水素など)を持つとさらに危い。ましてや強い風の日なんかであれば,それはもう死にに行くようなものだ。

そしてゴンドラはしょっちゅう止まる。
元の電源を勝手に切られたり,電力過多で切れたり,たまに自らのゴンドラでケーブルをぶっ切ったり。
そんな場合,よく途方に暮れた

「この大東京で,このまんま志半ばで‥‥‥‥‥‥あああ」
そんな時,やけに風景が綺麗に見える。

そもそも建築現場とはかなりの確率のリスクがある。大きな現場であれば,たいてい2〜3人は死んでいる。 (おおっぴらにはしないが。) ゴンドラから落っこちることはしばらくないが,逆にしばらくないがゆえに,次は「ゴンドラの番」と思ってしまう。
だから毎回無事に地上に降りてきた際には,いつも神に感謝していた。

今はその仕事から離れ,幸運にも事故もなく今に至っている (勿論現在もそれに従事している方々には生涯細心の注意で取り組んでいただきたい)が, 芸術家や何かを志そうとしているものが,食べるために一時的にこういったことをしているのは,東京では珍しいことではない。
しかしながら,次の人たちがこのゴンドラ作業に従事しているとは,誰か予想するだろうか。

それは「美術コレクター」だ。
実はコレクターの中にそんな『ゴンドラ乗り』がいる。

普通想像する美術コレクターとは,医者あるいは何らかの金持ちのイメージが強い。(勿論そういう人もいるだろうが)しかしごく一般的な層の人で美術の愛好者はいて(無論美術とはそうでなければいけないのだが),現代美術をちゃんと財布を持って買いに来る人たちがいる。その人たちは必ずしも社会的に余裕がある人たちとは限らず,僕と同じようにゴンドラに乗っている人たちがいる。

で,そういう人たちというのは,我々の作品に対してどう反応しているかといえば,とてもシビアである。気にいらなければひどいこと言うし,気に入れば本当に買う。 たとえば,
「いい仕事してますね」
とか言わずに,
「ちょっといいけど,俺は買わない」
とかいう。
(ま,それはそれなりの誉め言葉ではあるのだが)

実は僕はこの人たちの意見を一番信用している。
我々は,ゴンドラとは限らないが,しばし「命」を削って労働し,制作をする。
またかたや,そのように稼いだ金で美術を買いに来る人がいる。
実際に,こういうブルーカラー同士の取り引きが存在するのだ。
そして今回は,たまたま双方が【ゴンドラ】を介して,はるか“上空”で一致していた。

しかし果たしてこの「作家とコレクターの関係」が,田舎に住んでいて分かりえるだろうか。
いや都会に住んでいたって,分かろうはずはない。

 

2002.4.9 ある写真

昔 ある研究所で教えていた頃,ある教え子に,この写真は「どうにもならんもの」と評された。
確かにどうしようもない写真だが,「お前に言われたくない」と思った。
そいつはしばらく僕の弟子になり,またしばらくして「Bゼミ」に行って,一時狂ったようになっていた(らしい)が,今は落ち着いている(らしい)。
ま,そいつのことはいい。

問題はこの写真の話で,おそらく10〜13年位前に撮ったものだ。
知っている人は知っていると思うが,白山通りと何とか通りが交叉する,ちょうど東京ドームの横の水道橋駅近くの,多分吉野石膏のビルだ。そんなに大きくもなく,特に個性的なビルでもないが,僕はとても気になった。
この写真でも分かるが,ちょうど東京ドームの横ということがあって,後楽園遊園地のアトラクションの一部が硝子面に反射して見えている。実はここがミソで,この「宙釣りになるアトラクション」で“金を出して”恐怖を味わう人と,チェアゴンドラに乗って窓を拭く“金を稼ぐ”ために労働する人とが,同じ視界平面上にあるという《壮大》なテーマなのだ。しかし残念なことに,車の中からいい加減に撮ったために中途半端な構図となってしまい,その結果“若輩者”に酷評されるような作品(?)となった。

でも今僕はここで,ただそういった自分の悪い作品を自虐的にさらけ出してるわけではなく,この記録としてのビルの写真に,実はもっと重要で奇妙な,とても因縁じみたものを感じている。

さてその因縁とはどういうものであるのか。それはこのビルの付近に関わる話である。
僕は色々と職業を変えてきたが,広い東京にあってどういうわけかこの地域で仕事をする機会が多かった。ここは出版関係が多いところで,それに関した仕事の時(現在もそれに携わっているが),制作会社や製版会社など,何カ所かよく出入りしていた。 それくらいはその仕事の関係上必然なことで,さほど驚くべきことではない。しかしいくら勤めるところが代われども,なぜかこのへんをうろちょろしているのだ。
さらに次の場合はどうだろうか。

僕はある時期,職人として建築の仕事をしていた頃がある。
ある時,配属先が,なんとこのビルの真ん前の「東京ドームホテル」になって, しかもそれが「ゴンドラ」に乗る作業なのだ。
まるでこの写真が予言したかのように
この写真を撮った時には,ここにいるゴンドラに乗っている人を「大変だなあ」とまるで他人事のように思っていたが,まさかその真ん前で数年後に自分が乗っていようとは‥‥。しかもこれよりも遥かに高い47階で。
正直言ってゴンドラ作業は,危険手当が付く分,日当は高い。
しかしそれが「命がけ」な部分と,若干高所恐怖症ぎみの僕にとって,決して進んでやりたい作業ではなかった。
今見ると,そんなことも含めて,なんだかぞーっとする写真である。

それでこの4月から新しく,ある専門学校の講師をし始めることになった。
行ってみて驚いた。
なんとその学校はこのビルの裏あたりなのだ。

 

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